お寺に聞きたいことはあっても、言葉にしにくいこともあると思います。初めてのご相談でよく話題になることをまとめました。答えを開いて、ご自身の状況に近いところからお読みください。
107件の質問
まずはこちら
特によく尋ねられる内容を先にまとめています。
初めてのお参り
初めてでも相談できますか?
はい。葬儀・法事、お墓やお内仏など、何を聞けばよいか分からない段階でもご相談ください。具体的なお話をご希望のときは、事前にご連絡ください。
住職のお名前を教えてください。
住職は釋延洋(しゃくえんよう)です。法名といいます。俗名(一般の名前)は佐野延洋です。仏事全般のご相談を伺います。
相談や見学に予約は必要ですか?
住職が法要や外出で不在の場合があります。ご相談・墓所見学をご希望の際は、事前にお電話またはWebフォームから希望日時をお知らせください。
車で行けますか? 駐車場はありますか?
駐車場をご利用いただけます。駐車場は本堂西側と、本堂の裏手にありあmす。場所はアクセスページでご確認ください。大きなお車や複数台でのご来寺など、心配な点は事前にお尋ねください。
小さな子どもと一緒にお参りできますか?
お子さまと一緒のご参詣についてもご相談ください。授乳や休憩、途中の出入りなどで心配なことがあれば、事前にお知らせください。専用の設備が必要な場合は、その都度確認してご案内します。
足腰が不安です。車いすや椅子について相談できますか?
階段・段差や座り方に不安がある方は、来寺前にお知らせください。淨泉寺の本堂は、伝統的な作りの本堂ですので、高さや段差があります。移動の方法と必要なお手伝いを確認します。バリアフリー対応とはなっておりませんが、お手伝いはいたします。本堂へ上がるのが無理な場合は、門徒会館での法要も承ります。事情に応じて個別にご案内します。
檀家・門徒でなくても相談できますか?
はい。これまで淨泉寺とお付き合いのない方でも、まずはご相談ください。相談しただけで門徒になる、何かを申し込まなければならない、ということではありません。
葬儀・法事・お墓・納骨などは内容によって確認することがありますので、ご希望を伺ったうえでご案内します。
自分の家の宗派が分からないのですが、相談できますか?
はい。宗派が分からない段階でもご相談いただけます。お仏壇、ご本尊、過去帳、位牌、墓石の文字など、分かる範囲の情報があれば確認の手がかりになります。
すでに継続してお付き合いのある寺院がある場合は、そのご縁も大切にしながら進め方を一緒に考えます。
これまでお寺との付き合いがなくても、葬儀を相談できますか?
はい。まずはお電話ください。真宗大谷派の公式案内でも、お世話になっているお寺がない場合は、近くの真宗大谷派寺院へ相談するよう案内されています。
ご逝去後は日程を先に決め切らず、住職と葬儀社の双方を含めて調整するのが安心です。
相談したら、必ず申し込まなければなりませんか?
いいえ。まず事情を整理したい、見学だけしたい、選択肢を知りたいという段階でも構いません。
お墓や納骨先などは、内容を確認し、ご家族で考えてから決めていただけます。
「檀家」とは何ですか?
一般には、特定のお寺と継続してお付き合いし、葬儀・法事・お墓などを通じて寺院を支える家を「檀家」と呼びます。
ただし、浄土真宗では「門徒」という言葉もよく使います。これは単に寺を支える家というだけでなく、仏法を聞き、念仏の教えをご縁として歩む人という意味合いを大切にする言葉です。
淨泉寺へ初めて相談する際に、檀家・門徒である必要はありません。まずはご事情をお聞かせください。
葬儀・法事
家族が亡くなりました。まずどうすればよいですか?
お急ぎのご連絡は、チャットやフォームではなくお電話でお願いいたします。葬儀社と相談を進める場合も、通夜・葬儀の日程を確定する前に淨泉寺へご連絡ください。
法事をお願いするには、何を伝えればよいですか?
ご希望の時期、どなたの何回忌か、会場や人数の希望を分かる範囲でお知らせください。必要なことを順に確認いたします。
法事はどのくらい時間がかかりますか?
お勤めの内容、法話、納骨の有無などで変わりますが、おおよそ35分から45分程度です。会食や移動の予定がある場合は先にお知らせください。ご依頼の内容を確認して所要時間をご案内します。
法事の服装や持ち物はどうすればよいですか?
服装は一周忌までは喪服がいいでしょう。それ以後のご法事は、回忌やご家族のお考えに合わせてご案内します。持ち物は、お念珠をお持ちでしたらご持参ください。過去帳や法名の分かるもの、遺影やご遺骨を持参するかどうかなどは、お申し込み時に確認します。
四十九日は必ず当日に勤めるのでしょうか?
節目を大切にしながら、ご家族が集まりやすい日も含めてご相談ください。日程は寺院と調整して決めます。四十九日の前後の土曜日や日曜日に営むことが多いです。
お布施の金額が分からず不安です。
ご依頼の内容を伺ってご説明します。分からないまま準備せず、遠慮なくお尋ねください。お墓や遺品供養など料金を掲載しているものは、各案内ページで確認できます。
領収書について相談できますか?
領収書が必要な場合は、お納めの際に宛名とあわせてお申し出ください。
友引や日の良し悪しを気にする必要はありますか?
真宗では、日の吉凶によって仏事の良し悪しが決まるとは考えません。ただし、火葬場や会場の休業日、ご家族の都合はありますので、実際の日程は相談して決めます。佐野市の火葬場は、友引に当たる日は休業となっていますので、友引に葬儀は実際問題として難しいと思います。
葬儀社がまだ決まっていなくても、お寺へ連絡してよいですか?
はい。むしろ、ご逝去の際には寺院へ早めにご連絡ください。通夜・葬儀の日程は住職の予定と葬儀社の予定を合わせて決めます。
葬儀社だけで日時を確定してから寺院へ連絡すると調整が難しくなることがありますので、先に候補日を共有していただくのが安心です。
家族葬でもお願いできますか?
はい。参列者の人数が少ない家族葬についてもご相談ください。人数の多い少ないによって、亡き方をご縁に仏法に遇う葬儀の意味が変わるものではありません。
式の形や会場については、ご家族の希望と状況を伺って相談します。
淨泉寺の本堂で葬儀を行うことはできますか?
年回忌はどのように数えますか?
一周忌は亡くなられた翌年、三回忌は2年後、七回忌は6年後、十三回忌は12年後というように数えます。
地域によって勤める年回が異なる場合があります。年回表を確認したい場合や、複数のご先祖の法事をまとめたい場合はご相談ください。
命日より前に法事をしてもよいですか?
はい。年忌法要は必ず命日当日に勤めなければならないものではありません。ご家族やご親族が集まりやすい日を相談して決めて構いません。
候補日が決まりましたら、住職の予定を確認しますのでお早めにご連絡ください。
自宅で法事をお願いできますか?
はい。ご自宅での法事についてもご相談ください。本堂でのお勤めと、ご自宅でのお勤めのどちらがよいか、人数やご事情に合わせて考えましょう。
駐車場所やお内仏の状況など、必要なことは事前に確認します。
家族だけなど、少人数でも法事をできますか?
はい。人数の多少にかかわらず法事をお勤めできます。
法事は人数をそろえることが目的ではなく、亡き方をご縁として仏さまの教えにふれる場です。ご家族だけでも遠慮なくご相談ください。
お布施の袋には何と書けばよいですか?
僧侶へのお布施は、表書きを「御布施」または「御佛前」とするのが分かりやすいです。迷う場合は、白い無地の封筒に「御布施」と書いていただいて構いません。
法事・葬儀の金封と、参列者が施主へ渡す香典の表書きは別です。分からないときは事前にお尋ねください。
お布施はいつ渡せばよいですか?
厳密な決まりはありません。法要の前にご挨拶の際にお預かりすることも、法要後にお預かりすることもあります。急なことで用意できない場合は葬儀後、ということもあります。
当日の流れが分からない場合は、そのままお持ちいただき、受付や住職へお声がけください。
浄土真宗では「御霊前」と「御仏前」のどちらを使いますか?
浄土真宗では、亡き方を「霊」としてお祀りする考え方をとらないため、法事の金封では「御佛前」や「御香資」などを用います。
市販の袋には「御霊前」と書かれたものも多いため、迷うときは表書きのない袋を選んでも構いません。
中陰・四十九日とは何ですか?
亡くなられた日から四十九日までの期間を「中陰」と呼び、七日ごとにお勤めする法要を中陰法要といいます。四十九日目の法要を「満中陰」といいます。
一般には、亡くなった方が四十九日間旅をして裁きを受ける、といった説明もありますが、浄土真宗ではそのように受けとめません。
亡き方は阿弥陀如来の本願によって浄土に往生されています。七日ごとの法要は、残された私たちが亡き方をご縁として仏法を聞き、悲しみの中で自らの生を見つめる大切な時間です。
還骨勤行とは何ですか?
還骨勤行(かんこつごんぎょう)は、葬儀・火葬を終え、ご遺骨とともに戻った後に勤めるお勤めです。
ご本尊・阿弥陀如来の前で、葬送を終えた節目にあらためてお勤めし、亡き方をご縁として仏法に耳を傾けます。
地域や葬儀の流れによって勤め方が異なることがあります。、実際の進め方は確認してください。
葬儀とは何ですか?
葬儀は、亡き方との最後のお別れを大切に勤める儀式であると同時に、亡き方の死をご縁として、残された私たちが仏さまの教えに遇う場です。
浄土真宗では、亡き方の魂を鎮めたり、迷わず成仏できるように僧侶が力を与えたりする儀式とは考えません。
礼拝の中心はご遺体ではなく、ご本尊・阿弥陀如来です。亡き方が身をもって示してくださった「いのちには限りがある」という事実に向き合い、お経と法話を通して、今を生きる私自身が教えを聞く大切な仏事です。
お通夜とは何ですか?
お通夜は、葬儀の前夜などに、亡き方を偲びながらご家族やご縁のある人が集まり、お勤めをする時間です。もともとは夜を通して亡き方のそばで過ごしたことから「通夜」と呼ばれます。
浄土真宗では、亡き方の霊を慰めたり、この世につなぎ止めたりするための儀式ではありません。
亡き方をご縁として、ご本尊・阿弥陀如来の前でお経を聞き、法話に耳を傾け、私自身の生と死を見つめる仏法聴聞の場として大切に勤めます。
赤ちゃんや子どもを法要に連れて行ってもよいですか?
はい。赤ちゃんや小さなお子さんも、どうぞ一緒にお参りください。法事は大人だけのものではなく、家族がともに亡き方をご縁として手を合わせる場です。
長い時間じっとしていられなくても構いません。お子さんの年齢や様子に合わせて、無理のない形でお参りしてください。どうしても騒いでしまう場合には、少し外を散歩したりして紛らわしていただいてかまいません。
法要中に赤ちゃんや子どもが泣き出したら、どうすればよいですか?
泣いてしまっても、どうぞ気になさらないでください。小さなお子さんが声を出したり動いたりすることは自然なことです。
落ち着くまでいったん本堂の外へ出て、また戻っていただいても構いません。法要を最初から最後まで座っていなければならない、ということはありません。
法要の前後に着替える場所はありますか?
お着替えが必要な場合は、事前にお知らせください。法要当日の利用状況を確認し、可能な範囲で着替えのできる門徒会館の場所をご案内します。
専用の更衣室として常時確保しているわけではありませんので、人数が多い場合や着物の着付けなどで広い場所が必要な場合は、あらかじめご相談ください。
法事は、どのくらい時間がかかりますか?
法要の内容によって異なりますが、お勤めと法話を合わせて、おおむね35分〜45分程度を目安にしてください。
納骨を一緒に行う場合、複数の年回法要を合わせて勤める場合、参列人数が多い場合などは、もう少し時間がかかることがあります。後の予定がある場合は、予約時にお知らせください。
法事には何を持って行けばよいですか?
基本的には、念珠(数珠)・お墓参りセット(お花と線香)・御供物・本堂用の生花・お布施をご用意ください。過去帳や法名軸など、法要で確認してほしいものがある場合はお持ちください。御供物は、故人様が好きだったものなど何でも構いません。
納骨を伴う場合は、ご遺骨や埋葬に必要な書類など、別途必要になるものがあります。法要の内容によって持ち物が変わりますので、予約時に確認していただくと安心です。
お供え物やお花などについても、分からない場合は事前にお尋ねください。
法事は、どれくらい前に予約すればよいですか?
日程の希望が決まりましたら、できるだけ早めにご連絡ください。目安としては2〜3か月前にご相談いただくと、日程を調整しやすくなります。
土日祝日、春秋のお彼岸、お盆の時期は法要が重なりやすいため、さらに早めのご相談をおすすめします。
急に日程が決まった場合でも、まずはお問い合わせください。空いている時間を確認してご案内します。
お墓・納骨
新しくお墓を建てたいのですが、相談できますか?
淨泉寺の境内墓地についてご相談いただけます。石材店への発注前に、まず墓所の区画・使用条件などをご確認ください。現在の空き状況は寺院へお問い合わせください。
どのような納骨先がありますか?
境内墓地、境内の少人数・家族用の石塔型「響流祖廟」、本堂内の位牌型個人墓「御堂安穏墓」、境内地の青龍納骨堂をご案内しています。人数、お参りの方法、今後の承継などから一緒に考えます。
響流祖廟と御堂安穏墓はどう違いますか?
響流祖廟は境内の石塔型家族墓、御堂安穏墓は本堂内の位牌型個人墓です。ご遺骨の収蔵方法、人数、個別安置期間などにも違いがあります。詳細ページを比べ、見学の際に確認してください。
お墓を継ぐ人がいなくても相談できますか?
はい。後継者のことが心配な場合も、その事情を含めてご相談ください。響流祖廟・御堂安穏墓など、ご家族のこれからに合わせて案内します。
合祀した後、お骨を取り出せますか?
ほかの方のお骨と一緒に納める合祀では、後から個別に取り出すことが難しくなります。合祀の時期や方法は、お申し込み前にご家族で確認し、寺院の説明を受けてください。
墓じまいを考え始めたところでも相談できますか?
はい。まず現在のお墓の場所や状況、今後の納骨先の希望をお聞かせください。現在の墓地管理者と移転先への相談、改葬の手続きなどを順に確認します。
納骨はいつ行えばよいですか?
納骨する日に絶対の決まりはありません。四十九日(満中陰)の法要に合わせて納骨されることが多いですが、ご家族の気持ちや事情に合わせて相談できます。一周忌や三回忌で納骨される方も居ります。
納骨先によって準備が異なりますので、日程を決める前にご相談ください。
生前にお墓や納骨先を決めることはできますか?
はい。元気なうちに見学し、ご本人とご家族で納骨先を考えておくことができます。
淨泉寺には境内墓地、「佐野 響流祖廟」、「佐野 御堂安穏墓」などがあります。それぞれ形や将来の納骨方法が異なりますので、実際に見ながら比較されることをお勧めします。
お墓や納骨の管理費はいくらですか?
淨泉寺では、お墓・納骨の種類によって管理費の扱いが異なります。
青龍納骨堂:年間管理費はかかりません。
佐野 響流祖廟:年間管理費はかかりません。
佐野 御堂安穏墓:年間管理費はかかりません。
淨泉寺 境内墓地:維持費は年額10,000円程度です。
墓所の利用条件や今後の変更がある場合もありますので、新規のお申し込みの際には最新の案内をご確認ください。
法名・お勤め
法名は亡くなってからいただくものですか?
法名は、亡くなった後の名前というだけではなく、仏弟子としての名告りです。本来は、生前に帰敬式を受けて法名をいただきます。ただ、実際には生前に帰敬式を受けていない方も多く、淨泉寺でもご逝去後、葬儀に際して法名をお付けすることが多くあります。亡くなってからでも法名をお付けできます。
住職はどのように法名を考えますか?
その方の歩みやご家族とのご縁を伺い、仏さまの教えにたずねながら文字を選びます。法名を選ぶときに大切にしていることは、別のページで説明しています。
院号と位号は同じものですか?
別のものです。院号は法名の前の「○○院」、位号は末尾の「信士・信女」などの呼称です。浄土真宗では本来、位号を用いません。淨泉寺では地域習俗と希望に配慮して添えているため、宗派の基本とは分けて説明しています。
正信偈もお経ですか?
正確に言えば、お経ではありません。日常には「お経」とまとめて呼ぶこともありますが、正信偈は親鸞聖人が著された偈です。お釈迦さまの説法を記した浄土三部経とは出どころが異なります。
お経を読めなくてもお参りできますか?
読めるところは一緒に読み、難しいところは耳を傾けてみてください。勤行本の場所が分からないときはお尋ねください。
「戒名」と「法名」は何が違いますか?
浄土真宗では「戒名」ではなく「法名」といいます。法名は「釋○○」「釋尼○○」という、仏弟子としての名告りです。
真宗では、戒律を受けた階級を表す名としての戒名ではなく、すべての人が同じく仏弟子として名告る法名を大切にします。
俗名の文字を法名に入れることはできますか?
ご希望がある場合は、その思いも住職へお聞かせください。淨泉寺では、故人のお人柄や歩み、ご家族とのご縁を伺いながら法名を考えます。
俗名の文字をそのまま使うことだけを目的にせず、その字の意味と仏さまの教えとのつながりも考えて選びます。
付けていただいた法名の意味を説明してもらえますか?
はい。淨泉寺では、選んだ文字にどのような意味を受けとめたのか、ご家族に伝わる言葉で説明することを大切にしています。
法名は故人の人生を評価して格付けするものではありません。名を通して、その方の歩みや仏さまの教えにもう一度ふれるご縁になればと考えています。
法名の「釋」「釋尼」にはどんな意味がありますか?
「釋」は、お釈迦さまの弟子、すなわち仏弟子としての名告りを表します。
真宗大谷派では、男性は「釋○○」、女性は「釋尼○○」を基本としつつ、現在は受式される方の願いに応じて「釋」「釋尼」を選択できる取り扱いになっています。
生前に法名をいただくことはできますか?
はい。むしろ、本来は生きているうちに帰敬式を受け、仏弟子としての法名をいただきます。
一方で、実際には生前に受式していない方も多く、淨泉寺ではご逝去後、葬儀に際して法名をお付けすることも多くあります。生前の帰敬式についてもお気軽にご相談ください。
なぜ浄土真宗では般若心経を読まないのですか?
般若心経も大切な仏教経典の一つです。浄土真宗が般若心経を否定している、という意味ではありません。
一方、浄土真宗では、本願念仏の教えを説く『仏説無量寿経』『仏説観無量寿経』『仏説阿弥陀経』の三つを「浄土三部経」として正依の経典としています。
そのため、真宗大谷派の日常のお勤めや葬儀・法事では、浄土三部経や正信偈などを中心にお勤めし、般若心経を通常の勤行として読むことはありません。
正信偈とは何ですか?
正信偈は、親鸞聖人の主著『教行信証』の「行巻」に記された偈(うた)です。お釈迦さまの説法を記した「お経」そのものではありません。
前半では『仏説無量寿経』の教え、後半ではその教えを伝えてくださった七高僧の歩みが讃えられています。
蓮如上人の時代から、正信偈と和讃を朝夕のお勤めとして読むことが真宗門徒の生活に広く定着しました。
「御文」とは何ですか?
「御文(おふみ)」は、本願寺第8代・蓮如上人が門徒の人々に宛てて書かれた手紙です。
親鸞聖人の教えを、当時の人々にも分かりやすい言葉で伝えるために書かれました。現在も約250通が伝わり、そのうち80通を5冊にまとめた『五帖御文』がよく知られています。
真宗大谷派では、法要や日々のお勤めの中で御文を拝読し、教えを聞く大切な言葉として受け継いでいます。
「和讃」とは何ですか?
和讃は、仏さまや高僧の教えを、日本語の歌の形で讃えたものです。
親鸞聖人は『浄土和讃』『高僧和讃』『正像末和讃』を残されました。難しい漢文だけでなく、日本の人々にも教えが届くように表された言葉です。
真宗大谷派の日々のお勤めでは、正信偈に続いて和讃をお勤めします。
「寿算」とは何ですか?「享年」「行年」とはどう違いますか?
いずれも、亡くなられた方の年齢・生涯の年数を表すときに使われる言葉です。寿算(じゅさん)は「生涯の年数」、享年(きょうねん)は「この世に享けた年数」、行年(ぎょうねん)は「この世を歩んだ年数」という意味合いの言葉です。
ただし、実際の寺院・地域の慣習では、これらの言葉の使い分けや、満年齢・数え年のどちらを記すかは必ずしも全国で統一されていません。同じ「享年」「行年」でも、地域によって数え年であったり満年齢であったり、数え方が異なることがあります。
淨泉寺では、現在は、寿算で統一しています。法名軸・過去帳・位牌・墓石などへ記す場合は、故人の生年月日・命日と、ご家庭でこれまで使ってきた表記を確認しながら整えるのが安心です。分からない場合は淨泉寺へご相談ください。
お内仏・記録
過去帳、法名軸、位牌はどう違いますか?
過去帳はご家族の記録を書き継ぐ帳面、法名軸は法名を記す掛け軸です。真宗大谷派では本来、位牌を必須としません。(否定もしません。) 淨泉寺では過去帳をお勧めし、すでに位牌のあるご家庭の思いも伺います。
家に昔から位牌があります。処分しなければいけませんか?
直ちに手放す必要はありません。今あるものを大切にする、過去帳と併用する、記録を移して整理するなど、ご家族と相談しながら進めます。
位牌が増えたので、まとめられますか?
数多くの位牌をお持ちの場合には、過去帳におまとめして整えることもできます。どうぞご相談ください。記録を確認する前に処分しないようお願いします。
小さなお内仏でも大丈夫ですか?
大きさだけでお参りの大切さが決まるものではありません。ご本尊を中心に、ご家庭の住まいに合わせた整え方をご相談ください。
お内仏に遺影や位牌を置くものですか?
真宗大谷派のお内仏は、ご本尊・阿弥陀如来を中心にお荘厳するものです。本来、遺影や位牌をご本尊と同じようにお祀りする形はとりません。
淨泉寺では、亡き方の記録には過去帳や法名軸をお勧めしています。ただし、すでに長く大切にしてきた位牌がある場合は、一律に処分を求めず、ご家庭の思いを伺って整理方法を相談します。
ご本尊とは何ですか?
ご本尊とは、私たちが信仰のよりどころとして礼拝する仏さまのことです。
浄土真宗のご本尊は阿弥陀如来です。お内仏の中央には、阿弥陀如来の絵像や木像、または「南無阿弥陀仏」と記された名号をご安置します。
ご先祖や亡き方を中心に据えるのではなく、亡き方も私たちも、ともに阿弥陀如来の前に座って教えを聞く、というのが真宗のお内仏の基本です。
「お内仏」と「仏壇」は同じものですか?
日常では同じように使われますが、浄土真宗では「お内仏(ないぶつ)」という呼び方を大切にします。
家具としての箱や壇そのものを指すだけでなく、ご本尊・阿弥陀如来をご安置し、家族が手を合わせ、お勤めをして仏法を聞く場所全体を「お内仏」と受けとめます。
そのため、お内仏は亡くなった家族だけを祀る場所ではありません。
遺品供養
古い写真や位牌を供養してもらえますか?
遺影・写真・アルバム・御札・人形・だるま・古い位牌などをご相談いただけます。品物によってお預かりできないものもあるため、持ち込む前に種類と量をお知らせください。
遺品供養の料金を知りたいです。
大きさや量による料金の目安を、遺品供養ページに掲載しています。複数口、大型のもの、特別な処理が必要な品物は個別にご確認ください。最新の金額は料金ページをご覧ください。
供養する品を宅配便で送れますか?
発送前に必ずご連絡ください。内容と量を確認してから方法をご案内します。事前連絡のない送付はお控えください。
仏事の作法
真宗大谷派のお焼香は何回ですか?
真宗大谷派では、右手でお香をつまみ、香炉へ2回入れます。これを焼香を二撮すると勘定します。
お香を額のところまで押しいただくことはせず、その後に合掌して「南無阿弥陀仏」とお念仏を申します。
お焼香の香は、額のところまで押しいただきますか?
真宗大谷派では、お香を額のところまで押しいただきません。香炉の香炭の上へ2回入れます。
他宗派とは作法が異なることがありますので、真宗大谷派の葬儀・法事ではこの作法でお参りいただけます。
念珠(数珠)はどのように持ちますか?
念珠は左手、または左手首にかけて持ちます。合掌するときは両手にかけ、房を下に垂らします。
真宗では、念仏の回数を数えるために念珠を使うのではありません。お寺へのお参り、葬儀、法事の際にはお持ちください。
浄土真宗では「ご冥福をお祈りします」と言わないのですか?
浄土真宗では、亡き方が冥土(暗く冷たい地)をさまよっているという考え方をとらないため、「ご冥福をお祈りします」という表現は教えの上では用いません。
弔意を伝えるなら、「謹んで哀悼の意を表します」「お悔やみを申し上げます」など、亡き方との出会いを偲び、ご遺族へ心を寄せる言葉が自然です。
お内仏の鈴(りん)は、いつ鳴らすのですか?
鈴は、お内仏の前に座るたびに鳴らすものではありません。よく、お線香とともに、鳴らしている姿も見ますが、本来のものではありません。鳴らしたくなる気持ちもわかりますが・・・
真宗大谷派では、お勤めの始まり・区切り・終わりなど、勤行の決められた箇所で合図として打ちます。
お参りだけをするときは、ご本尊を仰いで合掌し、「南無阿弥陀仏」とお念仏を申せばよく、必ず鈴を鳴らす必要はありません。
お仏飯はなぜお供えするのですか?
お仏飯(おぶっぱん)は、炊いたご飯をご本尊の前にお供えするものです。
仏さまや亡き方に食べてもらう食事に思えますが、そういう意味ではありません。私たちが日々、さまざまないのちと恵みをいただいて生きていることを、ご本尊の前で確かめるお供えです。
毎日の生活そのものが仏法を聞くご縁になるように、感謝をもってお供えします。
お花やろうそくには、どんな意味がありますか?
お花や灯明(ろうそく)は、ご本尊の前を整える「お荘厳」の大切な一部です。
灯明の光は、私たちの迷いを照らす仏さまの智慧を思わせます。花は、美しく咲いてやがて姿を変えていくいのちの姿を通して、無常の事実にも気づかせてくれます。
亡き方の好みだけを中心にするのではなく、ご本尊を中心にお荘厳することが真宗のお内仏の基本です。
行事・法要
彼岸会や報恩講は、檀家・門徒でなくても参加できますか?
初めての方も、まずはお気軽にお参りください。彼岸会や報恩講は、亡き方をご縁として、また親鸞聖人のご生涯と教えをご縁として仏法に遇う大切な法要です。
法要ごとに日時や受付方法が異なる場合がありますので、最新の「行事・法要」「お知らせ」をご確認ください。
報恩講とは何をする法要ですか?
報恩講は、宗祖・親鸞聖人の御命日をご縁として勤める法要で、浄土真宗では一年でもっとも大切な仏事です。
親鸞聖人を神格化して拝むわけではありません。大切な行事ですが、親鸞聖人が伝えてくださった念仏の教えに遇えたご恩を確かめていく、あらためて仏法を聞く法要です。
淨泉寺でも毎年、報恩講をお勤めしています。日程は「行事・法要」でご案内します。
お彼岸とは何ですか?
お彼岸は、春分・秋分の日を中日として、その前後3日ずつを合わせた7日間です。
「彼岸」は、生死の迷いの世界である「此岸」に対して、迷いを超えた悟りの世界、阿弥陀如来の浄土を表す言葉です。
浄土真宗のお彼岸は、亡き人へ追善供養をする期間というより、亡き人を偲びながら、浄土から照らされる自分の生き方を見つめ、仏法を聞く大切な機会です。
お盆とは何をする期間ですか?
一般には、ご先祖の霊が家へ帰ってくる期間として迎え火・送り火をする習慣がありますが、浄土真宗では少し受けとめ方が違います。
亡き方を、迷ってこの世へ帰ってくる霊としてではなく、私たちを仏法へ導く「諸仏」としていただきます。
お盆は、亡き方をご縁として手を合わせ、今ある自分のいのちを見つめ、仏法を聞く機会です。淨泉寺では8月13日に盂蘭盆会合同法要をお勤めしています。
永代経とは何ですか?
永代経は、「亡くなった一人のために永遠にお経を読み続ける」という意味だけの法要ではありません。
亡き方を偲び、そのご縁を通して、これから先もお寺でお経が読まれ、仏法が聞かれ、親鸞聖人の教えが次の世代へ伝わっていくことを願う法要です。
淨泉寺でも永代経法要をお勤めしています。亡き方をご縁に、今を生きる私たち自身が教えに遇う機会としてお参りください。
修正会とは何ですか?
修正会(しゅしょうえ)は、新しい年の始まりに勤める法要です。
新年の願い事をかなえてもらうための祈祷ではありません。(祈りたくなりますが) 一年の初めに身も心も整え、仏恩報謝の思いをもって新しい年を歩み始める仏事です。
淨泉寺では1月1日に修正会をお勤めしています。早い時間ですが、どうぞお越しください。
花まつりとは何ですか?
花まつりは、4月8日のお釈迦さまのご誕生をお祝いする仏事です。
花で飾った「花御堂」に誕生仏を安置し、甘茶をかけてお参りすることがよく行われます。淨泉寺では、5月8日頃に、洗心幼稚園認定こども園の子どもとともにお祝いします。
単なる誕生日のお祝いではなく、一人ひとりが誰とも代わることのできない尊いいのちを生きていることを確かめるご縁でもあります。
「お斎(おとき)」とは何ですか?
お斎は、仏事・法要の際にいただく食事のことです。「斎」という字に「時」の読みをあてて「とき」と呼ばれるようになりました。
単なる法要後の会食や宴会ではありません。多くのいのちをいただいて自分のいのちが支えられていることを確かめ、法要のご縁をともに味わう時間です。
報恩講などでは、お勤めや法話とともに、お斎も大切な仏事として受け継がれてきました。
真宗大谷派・教え
お釈迦さまとは、どんな方ですか?
お釈迦さまは、約2500年前のインドで生まれ、人生の老い・病・死という苦しみに向き合い、悟りを開かれた方です。仏教の出発点となる教えを説かれました。
「仏さま」というと阿弥陀如来を思い浮かべる方も多いですが、お釈迦さまは、私たちに阿弥陀如来の本願を説き明かしてくださった方として、浄土真宗でも大切に仰がれています。
親鸞聖人とは、どんな方ですか?
親鸞聖人は、浄土真宗の宗祖です。1173年に生まれ、9歳で出家し、比叡山で長く修行されました。
その後、法然上人との出会いを通して、阿弥陀如来の本願を信じ、念仏によって救われていく教えに深く帰依されました。
親鸞聖人は、自分の力だけで完全になろうとするのではなく、煩悩を抱えたままの私たちを見捨てない阿弥陀さまのはたらきに身をゆだねる道を、生涯を通して明らかにされました。
蓮如上人とは、どんな方ですか?
蓮如上人は、室町時代に浄土真宗の教えを広く伝えた本願寺第8代の門主です。1415年に生まれました。
難しい教えを、当時の人々にも分かりやすい言葉で伝えることに力を尽くし、多くの「御文(おふみ)」を残しました。
現在でも真宗大谷派の法要では御文が拝読されます。親鸞聖人の教えを、日々の暮らしの中で受けとめられる言葉として伝えた方といえます。
「白骨の御文」とは何ですか?
「白骨の御文(はっこつのおふみ)」は、本願寺第8代・蓮如上人が書かれた『御文』の一つで、『五帖御文』第五帖第16通に収められています。
人の命はいつまでも続くものではなく、若い人も年を重ねた人も、いつその命を終えるか分からないという「無常」を、たいへん率直な言葉で語っています。
ただし、亡き人を怖れたり、死を暗く語るための文章ではありません。身近な人の死をご縁として、「自分自身も限りある命を生きている」という事実に向き合い、今ここで仏法を聞くことの大切さを呼びかける御文です。
真宗大谷派では、葬儀や還骨勤行など、亡き人をご縁として生と死を見つめる場で拝読されることがあります。亡き人のために何かを祈って功徳を送るというより、亡き人とのご縁を通して、私自身が教えに遇うための言葉として受けとめます。
阿弥陀如来とは、どんな仏さまですか?
阿弥陀如来は、浄土真宗のご本尊です。「阿弥陀」は「限りない寿命(無量寿)」「限りない光(無量光)」という意味をもつ言葉です。
人を選ばず、いつでも、どこでも、どのような者をも見捨てない智慧と慈悲のはたらきを、私たちに分かる姿として表した仏さまです。
浄土真宗では、阿弥陀如来を何か願い事をかなえてもらう対象としてではなく、私自身の生き方を照らし、本当のよりどころを教えてくださる仏さまとして仰ぎます。
「南無阿弥陀仏」とはどういう意味ですか?
「南無」は、インドの言葉「ナモー」を漢字で表したもので、「帰命する」「よりどころとする」という意味です。
「南無阿弥陀仏」は、呪文やお願いの言葉のようにも聞こえます。でもそうではないのです。すべての人を救おうとする阿弥陀如来の呼びかけを聞き、その呼びかけに応えて申すお念仏です。
うれしいときだけでなく、迷いや悲しみの中にあるときにも、「南無阿弥陀仏」と申すことを大切にします。
「他力」とは、人任せという意味ですか?
違います。日常語の「他力本願」は「人任せ」という意味で使われることがありますが、仏教でいう「他力」は別の意味です。
親鸞聖人は「他力というは、如来の本願力なり」と示されました。つまり、私の努力や能力ではなく、すべての人を見捨てまいとする阿弥陀如来の本願のはたらきを「他力」といいます。
何もしなくてよいという意味ではありません。自分の力だけを絶対視していた私が、教えによって自分の姿を知らされていくことでもあります。
浄土とは、どんなところですか?
「浄土」は、私たちの煩悩や自己中心的なものさしを超えた、仏の智慧と慈悲の世界を表す言葉です。
単に「死んだ後に行く天国」のような場所としてだけ受けとめるのではありません。浄土は、私たちが帰っていく世界であると同時に、今を生きる私のあり方を照らし出す世界でもあります。
自分に都合のよい・悪いという判断を超えて、すべてのいのちが等しく尊ばれる世界として教えられています。
「往生」とは何ですか?
「往生」は、文字どおりには「浄土に往き生まれる」という意味です。
日常語では「困って身動きが取れない」という意味にも使われますが、仏教では全く別の言葉です。浄土真宗では、この人生を生き終えて阿弥陀如来の浄土に生まれ、仏となることとしていただきます。
同時に、浄土を帰るところとして聞くことは、今ここをどう生きるのかを問われることでもあります。
「煩悩」とは何ですか?
煩悩とは、私たちの心を悩ませ、迷わせる欲・怒り・愚かさなどを表す仏教の言葉です。
誰か特別に悪い人だけが持つものではありません。自分を中心に物事を見て、都合のよいものを求め、思いどおりにならなければ腹を立てる、そのような心は私たち誰にもあります。
浄土真宗では、煩悩を完全に消せた人になることを救いの条件としません。煩悩を抱えたこの私こそが、阿弥陀如来から願われている身だと聞いていきます。
「本願」とは何ですか?
「本願」は、私たち人間の願い事ではなく、阿弥陀如来がすべての人を迷いと苦悩から救おうと誓われた根本の願いです。
浄土真宗では、その中でも第十八願を「本願」として大切にいただきます。
自分から仏さまへ願いを届けるというより、すでに仏さまの側から「あなたを見捨てない」と願われ、呼びかけられていることを聞く教えです。
「悪人正機」とは、悪い人ほど得をするという意味ですか?
いいえ。「悪いことをした方が救われる」「何をしてもよい」という意味ではありません。
親鸞聖人の教えでいう「悪人」は、犯罪者など特定の人を分類する言葉ではなく、自分の力だけでは煩悩や自己中心性から自由になれない自分の事実に気づいた人を指します。
自分は善人だから救われる、と自分の善を頼みにするのではなく、そのようなはからいを超えて、どのような者も見捨てない阿弥陀如来の本願を聞くことが「悪人正機」の大切なところです。
七高僧とは誰ですか?
七高僧は、親鸞聖人が、お釈迦さまの念仏の教えを正しく受けとめ、自分のところまで伝えてくださった方々として大切に仰いだ7人の高僧です。
インドの龍樹菩薩・天親菩薩、中国の曇鸞大師・道綽禅師・善導大師、日本の源信僧都・源空(法然)上人です。
正信偈の後半には、この七高僧の教えが讃えられています。
法然上人は、親鸞聖人にとってどんな方ですか?
法然上人は、親鸞聖人の師です。親鸞聖人は29歳のとき、比叡山を下り、法然上人のもとを訪ねました。
法然上人は、身分・学問・修行の能力にかかわらず、誰もが阿弥陀如来の本願によって救われていく念仏の道を明らかにされました。
親鸞聖人は法然上人との出会いを生涯の決定的な出来事として受けとめ、七高僧の最後の一人として深く仰いでいます。
東本願寺とは何ですか?
東本願寺は、京都にある真宗大谷派の本山で、正式には「真宗本廟」といいます。
宗祖・親鸞聖人の御真影を安置する御影堂と、ご本尊・阿弥陀如来を安置する阿弥陀堂を中心とし、全国の門徒が宗祖の教えを聞く根本道場として大切にしてきました。
淨泉寺も真宗大谷派の寺院です。
真宗大谷派と浄土真宗本願寺派は、何が違うのですか?
真宗大谷派は東本願寺、浄土真宗本願寺派は西本願寺を本山とする宗派です。もともとは一つの本願寺でしたが、江戸時代初めに東西に分立しました。
その後、それぞれに声明・お荘厳・儀式作法などの特徴が生まれました。
ただし、どちらも宗祖は親鸞聖人であり、阿弥陀如来を本尊とし、本願念仏の教えを大切に受け継いでいます。淨泉寺は真宗大谷派(東本願寺)です。
浄土真宗のお坊さんは、なぜ髪の毛があるのですか?
真宗大谷派でも、僧侶になる「得度式」では男性は髪を剃ります。しかし、得度した後もずっと剃髪し続けなければならないという決まりはありません。
浄土真宗では、山にこもって世俗を離れる出家生活を救いの条件とせず、家庭や仕事を含む社会生活の中で仏さまの教えを聞いていく歩みを大切にしてきました。
そのため髪のある僧侶も多くいます。もちろん、剃髪している僧侶もいます。髪がある・ないによって僧侶としての上下が決まるものではありません。
「後生の一大事」とは何ですか?
「後生(ごしょう)」は、今のこの世の生に対して、その先・後の生を表す言葉です。蓮如上人は『御文』の中で「後生の一大事を心にかけて」と繰り返し語られました。
ただし、「死んだ後に困らないよう、今のうちに準備しておこう」というだけの話ではありません。自分は必ず死を迎える。そのいのちの行き先を曖昧にしたまま、今を本当に安心して生きられるのか、という問いです。
自分のいのちがどこへ帰るのかを阿弥陀如来の本願に聞き定めることは、そのまま「では、今日をどう生きるのか」という現在の一大事につながります。
「同朋(どうぼう)」とは何ですか?
「同朋」は「どうぼう」と読みます。一般には「仲間」「ともに歩む人」という意味の言葉です。
浄土真宗では、阿弥陀如来の教えをともに聞き、念仏の道を歩む者どうしを「同朋」といただきます。僧侶だけが教える側、門徒だけが教えられる側というのではなく、立場を超えて、ともに仏法を聞く仲間であるという意味が込められています。
親鸞聖人が念仏の仲間を「御同朋・御同行」と呼ばれたことにもつながる、大切な言葉です。真宗大谷派では、互いを尊重し、ともに聞法する関係を表す言葉として現在も大切にしています。
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