真宗大谷派(東本願寺)電話 0283-24-1355お問い合わせ
JOSENJI

淨泉寺について

天正2年(1574年)の開創から、佐野の地で念仏の道場として歩んできました。

OUR TEMPLE

念仏の道場として、
時代を越えて。

正式名称は「青龍山 大德院 淨泉寺」。
真宗大谷派(本山・真宗本廟 東本願寺)に属する浄土真宗の寺院です。

淨泉寺の開創は天正2年(1574年)。織田信長や豊臣秀吉らが活躍する戦国時代真っ只中。
寺伝では、田原藤太秀郷の末裔である佐野氏一族の一人が真宗に帰依して僧侶となり、旧田沼町吉水の地に一宇を建立したことに始まると伝えられています。初代、大徳院釋寛知。
戦や疫病、飢饉などで長く生きることが難しい時代、いつ終えていく命かも分からん時代。
親鸞聖人の「世の中安穏なれ、仏法ひろまれ」に呼応するかのように、淨泉寺の草庵が結ばれました。

その後、火災や移転など幾度もの変化を経ながらも法灯は受け継がれ、文化12年(1815年)には現在の久保町に仮本堂が建立されました。
平成2年(1990年)には現在の本堂が再建され、今日に至ります。

寺は建物だけではなく、人と人が仏法を聞き、悲しみや喜びを抱えながらともに生きる場所です。
淨泉寺は、これからも地域に開かれた寺として歩んでまいります。

聞くことから、
仏法はひらかれる。

法要・法事だけでなく、日々の仏事相談もお受けしています。

RESIDENT PRIEST

住職 釋延洋

俗名:佐野延洋

昭和49年生。令和5年に淨泉寺第17世住職に就任。淨泉寺の住職とともに、学校法人淨泉寺学園の理事長・園長を兼任しています。
仏事・法事・葬儀、お墓・納骨などのご相談を伺います。
何から尋ねればよいか分からない段階でも構いません。初めての方にも分かる言葉で、一つずつご案内します。

住職に相談する →

HISTORY

淨泉寺の歩み

1574年(天正2年)

開創

寺伝では、田原藤太秀郷の末裔である佐野氏一族の一人が真宗に帰依して僧侶となり、旧田沼町吉水の地に淨泉寺を建立したことに始まると伝えられています。

慶長年間(1596〜1615年)

山城廃止令

唐沢山城が、江戸を見下ろす位置にあって不興を買ったなどの伝承もあり廃城となり、麓の春日岡城(佐野城)へ移ります。それに合わせて、淨泉寺も現在地、観音山の麓の小屋町に移転したとされます。

慶長7年(1602年)

寺領の寄進

関ヶ原合戦後、下野国小山藩主・本多上野介から田畑の寄進を受けたとされています。

貞享年間(1684〜1688年)

火災

火災によって堂宇と多くの記録を失いましたが、法灯は絶えることなく受け継がれました。

元禄年間(1688〜1704年)

「淨泉寺」の寺号下附

本願寺第十六世・一如上人より「淨泉寺」の寺号を受けたと伝えられています。

1815年(文化12年)

現在地に仮本堂を建立

第九世住職・釋昌潤の代に、現在の久保町に間口五間半・奥行五間の仮本堂を建立。
以後、長く念仏の道場として用いられました。

1990年(平成2年)

現在の本堂を再建

第16世住職・釋韶良の代に、老朽化した仮本堂に代わり、門信徒の尽力によって現在の本堂が建立されました。

淨泉寺へお越しください。

法要への参詣、仏事のご相談、響流祖廟のご見学など、事前にご連絡いただければご案内いたします。

歴代住職

天正2年(1574年)の開創以来、淨泉寺では代々の住職が念仏の道場を守り、 門信徒とともに法灯を受け継いできました。

初代 大徳院釋寛知
二代 正覚院釋観真
三代 清浄院釋真証
四代 法雲院釋竜保
五代 誠実院釋真受
六代 常照院釋祐甫
七代 弘成院釋誓潤
八代 崇義院釋快潤権律師
九代 釋昌潤
十代 清心院釋真性大法師
十一代 智証院釋真受法師
十二代 慈愍院釋大恵
十三代 真教院釋良因
十四代 聞光院釋恵良
十五代 浄智院釋良澄
十六代 浄心院釋韶良
十七代 釋延洋 現住職