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真宗大谷派(東本願寺) 電話 0283-24-1355
青龍山 大德院淨泉寺

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住職の話 読む目安 約2分

寺を継ぐとは、何を継ぐことなのだろう

450年余続く寺を継ぐとは、建物や土地だけでなく、言葉・問い・願いを受け取ることではないか。

淨泉寺には、450年余の歴史があります。

その時間を考えると、重いと感じることがあります。自分一人では、とても抱えきれない。押しつぶされそうに感じることさえあります。

寺を継ぐとは、何を継ぐことなのでしょう。

建物を継ぐ

本堂があります。境内があります。墓地があります。寺の名前があります。

もちろん、それらを守ることは大切です。私の代でなくしてよいものではありません。

でも、建物だけを残せば、寺を継いだことになるのでしょうか。

言葉を継ぐ

先代住職は、よく「葬式や墓は、生きている人のためのもんだ」と言っていました。

若い頃の私は、その意味を十分には分かっていませんでした。

自分が住職となり、葬儀を勤め、お墓の相談を受けるようになって、その言葉が違って聞こえるようになりました。

受け継いだのは、完成した答えではありません。今の自分が聞き直さなければならない言葉でした。

問いを継ぐ

大学時代の先生からいただいた「君は、なぜ死ぬのか」という問いも、私の中に残っています。

答えそのものより、問いが残ったからこそ、今も考え続けています。

寺にも、同じことがあるのではないでしょうか。

前の人が何を大切にしたのか。なぜ寺を残そうとしたのか。なぜ仏法を次へ渡そうとしたのか。

昔の形を、そのまま残すことなのか

寺を継ぐことを、「昔と同じことをすること」だとは思いません。

昔と今では、暮らしも家族も葬儀も墓も変わりました。寺との付き合い方も変わっています。

形を変えなければ、かえって大切なものが次へ届かないこともあります。

寺を残すのではなく、願いを残す

これから寺院を取り巻く環境は、簡単ではないと思います。

私も、迷いながら、足掻きながら、何をすればよいのか考え続けるのでしょう。

それでも、淨泉寺を「仏法を聞く場所」として次へ渡したい。

建物、言葉、問い、そして、そこで大切にされてきた願い。

寺を継ぐとは、それらを今の時代でもう一度聞き直し、次の人へ手渡すことなのかもしれません。

この記事のテーマ
伝承先代寺を継ぐ

淨泉寺 住職 釋延洋