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真宗大谷派(東本願寺) 電話 0283-24-1355
青龍山 大德院淨泉寺

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住職の話 読む目安 約1分

大人が教える人だと思っていた

子どもと関わる仕事をしていると、教えているつもりの大人が、何度も子どもから教えられていることに気づきます。

大人の指を握る小さな手(家族のイメージ写真)
イメージ写真

長く子どもと関わる仕事をしていると、つい「大人が教える側、子どもは教わる側」と考えてしまいます。

けれど実際には、私は何度も子どもから教えられてきました。大人なら見過ごすことを不思議がり、大人なら飲み込むことを言葉にし、大人ならごまかすことを、そのまま問い返してきます。

教えることと、教えられること

仏法を聞くときも同じです。住職は「教える人」に見えるかもしれません。しかし、住職も仏法を聞く一人です。

話をするために経典を読み、誰かの言葉に耳を傾ける。そのたびに、自分の分かったつもりが崩されます。話す側だから聞かなくてよい、ということはありません。

一緒に考える寺

お寺に相談に来た方へ、すぐに答えを出せないことがあります。分からないこともあります。だからこそ、分からないまま一緒に考え、仏法の言葉に聞いていくことを大切にしたいと思っています。

大人も住職も、完成した人ではありません。教える人と教えられる人を固定せず、ともに聞く。その関係を、淨泉寺は大切にしたいと思っています。

この記事のテーマ
子ども教育聞く

淨泉寺 住職 釋延洋