悲しみは、なくすものなのでしょうか
大切な人を亡くした悲しみを、早く乗り越えなければならないのでしょうか。悲しみとともに生きる時間を考えます。

大切な人を亡くした方に、「早く元気になって」「前を向いて」と声がかけられることがあります。励ましたい気持ちから出る言葉でしょう。
けれど、悲しみは、期限を決めて片づけられるものではありません。
悲しいのは、大切だったから
悲しみが深いのは、それだけ関係が深かったからでもあります。忘れられないことは、失敗ではありません。
仏事は、悲しみを消すための作業ではないと私は思っています。悲しみを抱えたまま、亡き人をご縁に教えを聞く。その時間を持つことです。
悲しみの形は人それぞれ
涙が出る人もいれば、出ない人もいます。すぐに日常へ戻れる人もいれば、何年たってもふと立ち止まる人もいます。
どの形が正しいと決めつけないことが大切です。お寺は、言葉にならないままでも座っていられる場所でありたいと思います。
悲しみを無くすのではなく、悲しみとともに歩く。その歩みの中で、亡き人との関係が少しずつ聞き直されていくのかもしれません。
淨泉寺 住職 釋延洋

