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真宗大谷派(東本願寺) 電話 0283-24-1355
青龍山 大德院淨泉寺

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七五三――「できるようになった」の、その前に

できることの数ではなく、この子がここまで生きてきたことを喜ぶ七五三の短い法話。

大人の指を握る小さな手(家族のイメージ写真)
イメージ写真

――「できるようになった」の、その前に

七五三を迎える頃になると、子どもは、いろいろなことができるようになっています。

歩く。話す。着替える。友だちと遊ぶ。自分の考えを言う。

昔の写真を見ると、「こんなに小さかったのか」と驚くほどです。

だから今日は、「こんなに大きくなったね」と、まず一緒によろこびたいと思います。

ただ、一つ考えてみたいことがあります。

この子は、できることが増えたから、大切な子どもになったのでしょうか。

まだ歩けなかった頃。言葉を話せなかった頃。一人では何もできなかった頃。そのときも、同じ大切ないのちでした。

私たちは、どうしても、「できるか、できないか」で、人を見てしまいます。勉強ができる。運動ができる。静かに座れる。挨拶ができる。

もちろん、できることが増えるのは、うれしいことです。でも、できることの数によって、その人の価値が増えたり減ったりするわけではありません。

七五三は、「こんなことができるようになりました」だけを祝う日ではなく、この子が、この子として、ここまで生きてきたということを、あらためて受け取る日でもあるのでしょう。

そして、育ってきたのは、子どもだけではありません。

子どもと生活する中で、親も、待つことを覚えた。思いどおりにならないことを知った。腹を立てた。反省した。笑わせてもらった。教えているつもりで、自分の方が教えられた。

そういう時間があったのではないでしょうか。

だから今日は、子どもに、「大きくなったね」と言うと同時に、大人も少し振り返ってみる。

「この子と生活する中で、自分は何を教えてもらっただろう」

そんな七五三であってもよいと思います。

この記事のテーマ
七五三子ども家族

淨泉寺 住職 釋延洋