七五三――「できるようになった」の、その前に
できることの数ではなく、この子がここまで生きてきたことを喜ぶ七五三の短い法話。

――「できるようになった」の、その前に
七五三を迎える頃になると、子どもは、いろいろなことができるようになっています。
歩く。話す。着替える。友だちと遊ぶ。自分の考えを言う。
昔の写真を見ると、「こんなに小さかったのか」と驚くほどです。
だから今日は、「こんなに大きくなったね」と、まず一緒によろこびたいと思います。
ただ、一つ考えてみたいことがあります。
この子は、できることが増えたから、大切な子どもになったのでしょうか。
まだ歩けなかった頃。言葉を話せなかった頃。一人では何もできなかった頃。そのときも、同じ大切ないのちでした。
私たちは、どうしても、「できるか、できないか」で、人を見てしまいます。勉強ができる。運動ができる。静かに座れる。挨拶ができる。
もちろん、できることが増えるのは、うれしいことです。でも、できることの数によって、その人の価値が増えたり減ったりするわけではありません。
七五三は、「こんなことができるようになりました」だけを祝う日ではなく、この子が、この子として、ここまで生きてきたということを、あらためて受け取る日でもあるのでしょう。
そして、育ってきたのは、子どもだけではありません。
子どもと生活する中で、親も、待つことを覚えた。思いどおりにならないことを知った。腹を立てた。反省した。笑わせてもらった。教えているつもりで、自分の方が教えられた。
そういう時間があったのではないでしょうか。
だから今日は、子どもに、「大きくなったね」と言うと同時に、大人も少し振り返ってみる。
「この子と生活する中で、自分は何を教えてもらっただろう」
そんな七五三であってもよいと思います。
淨泉寺 住職 釋延洋
