文字サイズ
本文へ移動
真宗大谷派(東本願寺) 電話 0283-24-1355
青龍山 大德院淨泉寺

ホーム 読む・聞く

日々の暮らしから考える 読む目安 約1分

「仲良くできない私は、悪い子ですか」

年長の女の子が「みんなと仲良くできなかった。だから私は悪い子」と泣いていました。正しい言葉が、子どもを追い詰めることがあります。

大人の指を握る小さな手(家族のイメージ写真)
イメージ写真

職員室前の廊下のベンチで、年長の女の子がしくしく泣いていました。先生に叱られたのかと思って「どうしたの?」と聞くと、その子はこう言いました。

「先生に、みんなと仲良くしなさいって言われたのに、仲良くできなかった。だから私は悪い子なんだ。」

正しい言葉ほど、気をつけたい

「みんなと仲良くしなさい」は、間違った言葉ではありません。争わず、思いやりを持ってほしいという願いが込められています。

けれど、正しい言葉は、ときに人を逃げ場のない場所へ追い込みます。好きになれない人がいる。気が合わない人がいる。それは大人にもあります。それを認められないと、「仲良くできない自分は悪い」と自分を責めるしかなくなります。

仲良くすることと、大切にすること

誰とでも仲良くできなくてもいい。でも、嫌いだから傷つけていいわけではない。距離を取ってもいい。でも、相手を人として大切にすることはできる。

私はその違いを、子どもたちにも大人にも大切にしたいと思っています。

理想を掲げることと、現実の人間を責めることは同じではありません。仏法は、理想どおりになれない私を切り捨てるためではなく、その私を照らす教えなのだと思います。

この記事のテーマ
人間関係子ども正しさ

淨泉寺 住職 釋延洋