今日まで、生きてきた
江戸・明治期の過去帳に子どもの記録が多いこと、七歳で亡くなった父の妹の家族史。

【七五三の法話】七五三の「おめでとう」
本日は七五三のお参りに、ようこそお越しくださいました。晴れ着や、いつもと少し違う服を身につけて、お子さんもご家族も、どこか晴れやかな表情をされています。今日はまず、皆さんと一緒に「おめでとう」と申し上げたいと思います。
七五三のもとになったものには、三歳の「髪置」、五歳の「袴着」、七歳の「帯解」といった、子どもの成長の節目を祝う儀式がありました。それが時代とともに広がって、今の七五三につながっていったといわれています。けれども、昔の七五三を考える時、忘れてはいけないことがあります。
いま七五三というと、写真を撮ったり、お祝いの食事をしたりする日でもあります。それも素敵なことです。しかし、お寺でこのお祝いをするときには、晴れやかな一日の少し奥にあるものも、考えてみたいのです。
過去帳に残る、小さないのち
淨泉寺には、江戸時代や明治時代の過去帳が残っています。名前や亡くなった日をたどっていると、子どもの記録が多いことに気づかされます。見開きの半分以上が幼い子どもたちの記録ということさえあります。
私たちは七五三の三、五、七という数字を、今では当たり前の成長の目印のように見ています。けれど、かつては三歳を迎えられない子も、五歳を迎えられない子も、七歳を迎えられない子も、たくさんいました。ここまで育ったことは、決して当たり前ではなかったのです。
過去帳に書かれているのは、ほんの短い記録です。けれど、その一行には、きっとお父さんやお母さんがいて、名前を呼ぶ声があり、抱き上げた腕がありました。その子に「大きくなってね」と願った人がいたのだと思います。
「七つまでは神のうち」という言葉が伝わる地域もあります。この言葉の意味や背景は一様ではありません。ただ、幼い子のいのちが不確かだった時代の、人々の切実なまなざしを思わずにはいられません。
生と死とは、遠く離れていない
私の父には、七歳で亡くなった妹がいました。祭りで口にした食べ物をきっかけに(おそらく)赤痢になり、前日まで元気だったのに、急に亡くなったと聞いています。お別れの言葉をゆっくり交わす間もなかったのです。
もちろん、その出来事と今日のお子さんたちを重ねて、不安になってほしいのではありません。今と昔では医療や暮らしの条件も違います。それでも、こうした話を知ると、生きることと死ぬことが、まったく別の世界の出来事ではないと感じます。
昨日までそこにいた人が、今日はもういない。何十年も先のことだと思っていた別れが、思いがけず目の前に現れることがあります。だからこそ、今日この子がここにいることを、通り過ぎるように「当然だ」と言いたくないのです。
子どもの声があるということ
私は子どもの頃、「子どもの声は迦陵頻伽の声だ」という言葉を聞きました。その頃は、意味がよく分かりませんでした。迦陵頻伽は仏典に説かれる、美しい声の鳥です。
自分が親になってから、子どもの笑い声も泣き声も、思いどおりにはならないことを知りました。静かにしてほしいときに騒ぐ。忙しいときに抱っこを求める。大人の都合から見れば、困ることもあります。それでも、その声が聞こえるということ自体が、どれほど有り難いことなのか。
いつでも声が聞けると思っていたときには、気づけないことがあります。声の大きさより、その声の主がここにいること。今日、名前を呼んだら返事があること。私はそんなことを、このお祝いの場で考えさせられます。
守りたい、でも守りきれない
親になれば、子どもを守りたいと思います。私もそうです。危ない目に遭わないように、病気をしないように、できることはしてあげたい。しかし、どれほど願っても、この子の人生を私がすべて引き受けたり、先の先まで保証したりはできません。
そういうことを言うと、どこか無責任に聞こえるでしょうか。そうではなくて、私がこの子のいのちの主人になったわけではない、ということです。私の思うように育つために生まれてきた子ではありません。親として責任を尽くしながらも、思いどおりにはできないいのちの前に、頭を下げることがあるのだと思います。
阿弥陀さまの前に座るのは、私たちの願いどおりの人生になるよう約束してもらうためではありません。思いどおりにできない私たちも、すでに願われている存在であると、教えを聞くためです。
亡くなった子の名前を読むとき
過去帳の名前を一つひとつ見ていると、時代の違いを感じると同時に、時代を越えて変わらないものも感じます。名前をつけた人がいたこと、その名を呼ぶ人がいたこと、何より、その子が確かに生きていたことです。
私たちは、お祝いの場で死のことを話すのは不吉だと思うかもしれません。でも、死の話を避けるあまり、いま生きていることの不思議さまで見失いたくありません。昔の人が成長の節目を大切にしたのは、子どもを特別な運命から守るためだけではなく、ここまで歩んで来られた喜びが切実だったからではないでしょうか。
私の身近な家族の話をしても、過去帳に残る名前を見ても、亡くなったいのちを今日の子どもたちに重ねて不安をふくらませたいわけではありません。むしろ「今日この子と会える」という時間の有り難さを、一緒に見つめたいのです。
長さでは決められないいのちの値打ち
長く生きた人のいのちは重く、短く生きた子のいのちは軽いのでしょうか。そんなことはありません。うまくできる子のいのちが尊く、できないことの多い子のいのちが劣っているわけでもありません。
成長を祝う今日だからこそ、できることが増えた、ほかの子より早く進んだ、という話だけで終わらせたくありません。できることが増えても増えなくても、私たちはその子がここにいることを喜んでよいはずです。
いのちの長さを決めることはできません。でも、今日のこの時間を一緒に過ごすことはできます。手をつなぐことも、名前を呼ぶことも、「おめでとう」と伝えることもできます。
今日、ここにいる
七五三のお参りを終えて、帰り道には少し疲れて、いつものようにぐずる子もいるかもしれません。それでよいのだと思います。お祝いの日だけ特別に立派にならなくてもよい。笑ったり泣いたりしながら、今日を生きているのです。
私も親として、大きくなった姿を喜ぶ一方で、毎日の暮らしに追われると、このありがたさを忘れてしまいます。何度でも、教えを聞いて思い出させてもらいたいと思います。
おめでとう。という言葉は、「立派になったね」だけではありません。「生きていてくれて、ありがとう」という言葉でもある。七五三という節目に、そんなことを、阿弥陀さまの前で一緒に味わわせていただければと思います。南無阿弥陀仏。
淨泉寺 住職 釋延洋


