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真宗大谷派(東本願寺) 電話 0283-24-1355
青龍山 大德院淨泉寺

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初参り――迎える側も、育てられていく

赤ちゃんの誕生は、親や家族にも新しい関係が始まること。初参りの短い法話。

大人の指を握る小さな手(家族のイメージ写真)
イメージ写真

――迎える側も、育てられていく

今日は、初参りというご縁をいただきました。

赤ちゃんが生まれた。そのことを、まず一緒によろこびたいと思います。

「元気に育ってほしい」ご家族は、そう願っておられることでしょう。私も、そう願います。

でも今日は、もう一つだけ、考えてみたいことがあります。

この子が生まれたということは、この子一人だけに新しい人生が始まったのではありません。

誰かが、お父さんになった。お母さんになった。おじいちゃんになった。おばあちゃんになった。家族にも、新しい関係が始まりました。

つまり今日は、赤ちゃんの初参りであると同時に、親としての初参りでもあるのだと思います。

親になったからといって、その日から何でも分かるわけではありません。子どもがなぜ泣いているのか分からない。どうしたらよいか分からない。正解だと思ってしたことが、あとで違ったと思うこともあるでしょう。

子どもを育てているつもりだったのに、気がつけば、自分の方が教えられていた。そんなこともあります。

私自身、子どもと生活して、何度もそう思わされてきました。

この子がこれから、どんな人生を歩むのか。誰にも分かりません。親が、全部決めることもできません。

だから、「私の願いどおりに育ちますように」だけではなく、この子とともに生きる私は、何をよりどころとして歩むのか。 そこを聞く始まりにもしていただければと思います。

この子が生まれてきた。そして、私たちもまた、この子との新しい人生をいただいた。

今日は、その有り難いご縁に、一緒に手を合わせたいと思います。

この記事のテーマ
初参り子ども家族

淨泉寺 住職 釋延洋