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真宗大谷派(東本願寺) 電話 0283-24-1355
青龍山 大德院淨泉寺

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仏事から考える 読む目安 約1分

初参り――願いをかけるより、願われているいのち

赤ちゃんの初参りは、願いをかなえてもらうためだけの行事ではありません。いただいたいのちをご縁に、家族が手を合わせる時間です。

大人の指を握る小さな手(家族のイメージ写真)
イメージ写真

赤ちゃんが生まれると、「元気に育ってほしい」「幸せになってほしい」と願います。初参りにも、そうした家族の願いが込められます。

その願いはとても自然です。けれど、お参りは、願いをかなえてもらうための取引ではありません。

すでに、願われている

赤ちゃんは、自分でこの世に生まれる日を決めたわけではありません。多くの人の手に支えられ、ここまで来ました。

初参りは、「この子に何を与えるか」だけでなく、「このいのちは、すでにどれほど多くの願いの中にあるか」を家族で確かめる時間でもあります。

親もまた、聞く一人

子どもの成長を願うとき、親はつい「こうなってほしい」という形を思い描きます。

本堂で手を合わせることは、その願いを捨てることではなく、願いどおりにならないいのちをも受け止めていけるか、自分の願いそのものを聞き直す時間にもなります。

初参りは、赤ちゃんだけの行事ではありません。家族みんなが、いのちをいただいたことを聞き直すお参りです。

この記事のテーマ
初参り子ども家族

淨泉寺 住職 釋延洋