初参り――願いをかけるより、願われているいのち
赤ちゃんの初参りは、願いをかなえてもらうためだけの行事ではありません。いただいたいのちをご縁に、家族が手を合わせる時間です。

赤ちゃんが生まれると、「元気に育ってほしい」「幸せになってほしい」と願います。初参りにも、そうした家族の願いが込められます。
その願いはとても自然です。けれど、お参りは、願いをかなえてもらうための取引ではありません。
すでに、願われている
赤ちゃんは、自分でこの世に生まれる日を決めたわけではありません。多くの人の手に支えられ、ここまで来ました。
初参りは、「この子に何を与えるか」だけでなく、「このいのちは、すでにどれほど多くの願いの中にあるか」を家族で確かめる時間でもあります。
親もまた、聞く一人
子どもの成長を願うとき、親はつい「こうなってほしい」という形を思い描きます。
本堂で手を合わせることは、その願いを捨てることではなく、願いどおりにならないいのちをも受け止めていけるか、自分の願いそのものを聞き直す時間にもなります。
初参りは、赤ちゃんだけの行事ではありません。家族みんなが、いのちをいただいたことを聞き直すお参りです。
淨泉寺 住職 釋延洋