花は、ほかの花にならなくていい
チューリップはひまわりにならなくてよい。比べることで苦しくなる私の眼を、花が問い返します。

春にチューリップを見て、「ひまわりのように大きく咲けばいいのに」とは思いません。朝顔を見て、「チューリップの形になればいい」とも思いません。
花には花の姿があり、そのまま咲いているだけで、私たちは美しいと感じます。
人を見ると、比べてしまう
ところが人間を見ると、すぐに比べます。成績、仕事、収入、年齢、役割。自分の子どもさえ、誰かと比べて見てしまうことがあります。
比べること自体をゼロにはできないでしょう。でも、比べる物差しだけでその人の全部を決めてしまうと、見えなくなるものがあります。
花ではなく、見る眼を問われる
『阿弥陀経』には、青い蓮華には青い光、黄色い蓮華には黄色い光、赤には赤、白には白の光があると説かれます。
これは単に「個性を大切に」という標語にするより、違いを優劣に変えてしまう私の眼を問い返す言葉として聞きたいと思います。
花は、ほかの花にならなくていい。では私は、誰かになることばかり求めていないか。花を見ながら、そんな問いをいただきます。
淨泉寺 住職 釋延洋

