比べる目で、花を見ていないか
「一人ひとり違っていい」と言いながら、日常では人を比べ続ける私。その矛盾を花から考えます。

「一人ひとり違っていい」と、私たちはよく言います。私もそう思います。
けれど日常では、違いを見るとすぐ比べています。子どもを見ても、仕事仲間を見ても、自分自身を見ても、誰かとの比較が始まります。
比べることを責めるだけでは
比較を全部やめようと言っても、簡単にはできません。学校にも仕事にも評価があります。人間の心も、自然に比べます。
だから、「比べてはいけない」と自分を責めるより、「いま比べる目で見ている」と気づくことのほうが大切だと思います。
別の見方をいただく
仏法を聞くとは、自分の見方しかなかったところへ、別の見方をいただくことでもあります。
花の前で、優劣ではなく、その花がその花として咲いていることを見る。人の前でも、そんな眼を少しでも持てたらと思います。
比べる私がいなくなるのではなく、比べている私に気づかされる。そのとき、目の前の人の見え方が少し変わるのかもしれません。
淨泉寺 住職 釋延洋

