青い花には、青い光
『阿弥陀経』の「青色青光・黄色黄光・赤色赤光・白色白光」を、違いを優劣に変える私の眼への問いとして読みます。

『阿弥陀経』には、池の蓮華について「青き色には青き光、黄なる色には黄なる光、赤き色には赤き光、白き色には白き光あり」と説かれます。
それぞれが、それぞれの色のまま光っている。私はこの言葉を聞くたびに、人を見る自分の眼のことを考えます。
違いを順位にしてしまう
違いがあると、私たちはすぐ順位をつけます。どちらが速いか、上手か、役に立つか。社会生活には比較が必要な場面もあります。
しかし、その評価がその人の存在全体の値打ちにまで広がるとき、私たちは人を数字や能力の中へ閉じ込めてしまいます。
その人の光を見る
青は黄にならなくてよい。赤は白にならなくてよい。だから何もしなくてよい、という意味でもありません。
大切なのは、誰かの形になることを人生の目的にしないことです。自分の身を生きながら、そこで何を聞き、どう歩むのか。その問いを持つことだと思います。
花を見るとき、花そのものより、花を見ている私の眼が問われている。そんな読み方を大切にしたいと思います。
淨泉寺 住職 釋延洋
