仲良くしなくてもいいから、大切にしなさい
「みんなと仲良くしなさい」という言葉に追い詰められた年長の女の子の実話から、好きになれない相手も大切にすることを考える。

幼稚園でのことです。
年長の女の子が、職員室前の廊下にあるベンチに座って、しくしく泣いていました。
私は、先生に叱られたのかなと思って、「どうしたの?」と声をかけました。
すると、その子はこんなことを話してくれました。
先生に、みんなと仲良くしなさいと言われたのに、お友だちと仲良くできなかった。だから私は悪い子なんだ。
その言葉を聞いて、私は考えさせられました。
「みんな仲良く」は、悪い言葉ではない
「みんなと仲良くしましょう」。
先生がそう言ったのは、子どもたちに気持ちよく過ごしてほしいという願いがあったからでしょう。
けんかをせず、助け合い、楽しく過ごしてほしい。
それ自体は、とても大切な願いです。
でも、正しい言葉だからこそ、人を苦しめることがあるのだと、その子から教えられました。
気の合わない人は、いる
私たちは、すべての人と同じように気が合うわけではありません。
好きな人もいる。少し苦手な人もいる。どうしても気が合わない人もいる。
大人だって同じです。
それなのに、「誰とでも仲良くできなければならない」と思えば、仲良くできない自分を責めることになります。
相手を好きになれないことと、相手を傷つけてよいことは、同じではありません。
仲良くしなくてもいいから、大切にしなさい
私は、その子の話を聞きながら、こんなふうに考えるようになりました。
仲良くしなくてもいいから、大切にしなさい。
大切にするというのは、無理に親友になることではありません。
気が合わなくても、馬鹿にしない。無視して傷つけない。困っていれば必要な手を貸す。相手にも自分と同じように、気持ちや事情があることを忘れない。
それなら、好きになれない相手に対してもできることがあります。
正しい言葉を、目の前の人より大きくしない
教育でも、仏法でも、私たちは「正しい言葉」を使います。
でも、その正しい言葉によって、目の前の人が押しつぶされていないか。
言葉を守るために、人を切り捨てていないか。
そこは何度でも確かめたいと思います。
あの日、泣いていた女の子は、私に一つのことを教えてくれました。
理想どおりにできない人を悪い人にしてしまわないこと。
みんな仲良く。
それは願いとして大切にしながら、現実の人間関係の中では、
仲良くしなくてもいいから、大切にしなさい。
そんな言葉も、子どもたちに渡していきたいと思っています。
淨泉寺 住職 釋延洋
