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真宗大谷派(東本願寺) 電話 0283-24-1355
青龍山 大德院淨泉寺

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親鸞聖人のことば 読む目安 約1分

「親鸞一人がため」――大勢の中の、この私

「ひとえに親鸞一人がためなりけり」。教えを一般論で終わらせず、「この私」の問題として聞く言葉です。

穏やかな水面に広がる波紋(イメージ写真)
イメージ写真

『歎異抄』には、親鸞聖人が阿弥陀如来の本願を「ひとえに親鸞一人がためなりけり」と味わわれた言葉が伝えられています。

大勢の人を救う教えなのに、「一人がため」と言う。ここに、仏法を一般論にしない厳しさがあります。

人の話にしてしまう

法話を聞きながら、「これはあの人に聞かせたい」と思うことがあります。家族、同僚、近所の人。人の顔はいくらでも浮かびます。

けれど、その瞬間、私は教えの外側に立っています。教えを必要としているのは相手で、自分はすでに分かっている側になっているからです。

この私のために聞く

「一人がため」という言葉は、世界に私しかいないという意味ではありません。誰かを除外する言葉でもありません。

広大な本願を、「みんなの話」で終わらせず、この私のところで聞く。そこに、仏法が自分事になる入口があります。

今日聞いた言葉は、誰のためだったのか。人の顔が浮かんだときほど、「まず私に聞かせていただく」と戻りたいと思います。

出典:『歎異抄』後序「ひとえに親鸞一人がためなりけり」真宗聖典検索(初版 p.640)

この記事のテーマ
一人がため歎異抄親鸞聖人

淨泉寺 住職 釋延洋