小さな水辺に、いのちが集まる
何もないように見えた場所に水ができると、いのちが集まってくる。私たちは、見えているものだけで世界を決めていないでしょうか。

乾いた場所に水が生まれると、少しずついのちが集まってくる。そんな話を聞くと、私は「何もない」と見えていた場所にも、たくさんの可能性があったのだと思わされます。
水がなければ現れなかったいのち。けれど、水だけで全部を説明できるわけでもありません。さまざまな条件が重なり、私の予想を越えて世界が動いていきます。
ご縁が整う
仏教では、ものごとが一つの原因だけで成り立つとは見ません。いろいろな縁が重なって、今の姿が現れています。
人も同じです。「この人はこういう人」と一つの原因で決めつけられません。出会い、環境、言葉、時期。さまざまな縁の中で変わり続けています。
見えていないものを決めつけない
今は何も起きていないように見えても、縁が変われば姿も変わります。だから、今見えている姿だけで人や自分を決めつけないことも大切です。
小さな水辺にいのちが集まるように、縁が整ったとき現れるものがあります。世界を少し長い目で見ることを、自然から教えられます。
淨泉寺 住職 釋延洋

